2019/05/05 連休が終わる – 頑張り過ぎないでね

Jinchoge

 一昨年まで、二月頃から、ゴールデンウィーク前まで、花粉症の薬を飲まないと、人前に出られないほど、鼻水が出てきてしょうがなかった。眼が痒くて痒くて、コンタクトレンズもできなかったよ。
 十年くらいだったかな、突然、花粉症の仲間入り。その前の年まで何ともなかったのに、急なんだよね。それから花粉症の薬を飲んできた。
 アレルギー反応と言われるけど、どういうわけでそれまでなんともなかったのに、急に発症するのか。医学的には明確にはされていないはず。よくあるのは、体の中には花粉のバケツのようなものがあり、毎年、花粉の季節に吸った花粉がそこに溜まり、バケツがあふれると花粉症を発症するという説明。
 でも、花粉をためる体の中の「バケツ」と言われても、実際それがどんなものなのか、ちょっと想像ができないでしょう?
 漠然と、イメージとしては「堪忍袋の緒が切れる」っていう感じなんだろうとは思う。英語だと、”the last straw”ってやつだね。我慢の限界を超えちゃったみたいなね。
 休日が十連続はかつてないほど長いっていうので、連休の始まる前から、今年は、連休後の五月病が多くなるのではないか、自殺が増えるのではないかっていう記事がネット上にたくさんあったよ。
 ゴールデンウィークの五月っていうタイミングって、四月から始まる新しい環境に立ち向かうべく、心構えから準備して、日々、あれっ、こうかな、おかしいな、と思いながらも胸を張って頑張ってきて一か月。連休まで頑張ろうっと思ってきたところに、ようやく来た長い休み。一息入れようと思って優しい親や懐かしい友だちの前で、自然と緩んでしまった糸を、再びピンと張ることも、張り詰めた自分を想像することも難しくなっちゃうんだろうね。
 でも、親も友だちも、連休が終われば、それぞれの日常に戻っていく。自分自身も連休前の日常へ戻ることを望んでいる。周囲の期待にも、その期待に応えなくちゃいけないと思っている自分の期待にも応えなくちゃいけない。なのにその日常に戻ることを想像することが辛すぎるって、痛いほどよくわかる。
 普通は、連休でリフレッシュして、「バケツ」一杯溜まっていたストレス、辛いこと、嫌なことを、洗い流してしまおう、って考えるよね。一旦、辛さをためておくバケツが空になってしまうような、ね。
 でも、十連休になって、五日目くらいまでは楽しいかもしれない。たぶん、ストレスを溜めておく体の中の「バケツ」も少しは軽くなったのかもしれない。でも、また仕事に戻る日が近づいてくるって思い始めた途端、連休前の何倍もの加速度がついてストレスの「バケツ」が満ちて行っちゃう、そんな人も少なくはないと思うよ。

Shidekobushi

 いよいよ連休明けの初日、普通に駅にまで行くのだが、ホームに入ってきた満員電車を見るなり、最後の一押し、まさに、”the last straw” 、堪忍袋の緒の危機。満員電車に乗ること自体は、毎日の生活の中では些細なことかもしれないけど、その些細なことが、最後の一押しになることってありえるよね。でもあってはダメなんだよ。ダメ。
 これって、新入学や新入社の人ばかりに起きるじゃない。誰にでもあることだよ。若い人だけでなくて、四十・五十代になってから心が沈んでいく人はたくさんいるよ。仕事では上からも下からも板挟み。プライベートだって、親の介護やらなにやら、自分では解決できないのに、責任だけがのしかかってくる。辛すぎるでしょ。
 確かにね、こう考えると、「体の中のバケツ」説、「堪忍袋」とかって、メンタルには本当にあるかもね。耐えて、耐えて、もう耐えきれないっていう感覚。確かにね、頑張りすぎると、もう頑張れない、もう無理っていう感じがする時が来るもんね。もう、嫌だ、いっぱいいっぱいになった感じがする時って、頭が重くて枕から上がらないような気がしたり、足がしびれて前に進めない気がしたりするよね。
 でもストレスの「バケツ」とか「堪忍袋」が空の人なんていない。幸せそうに見えている人だって、みんな、「バケツ」はいっぱい。周りにいる嫌な奴もみんな「堪忍袋の緒」は切れそう。みんな、いっぱい、いっぱいの状態で、それを認めないようにして生きている。その辛さをそらすために、自分を守るために、周りに厳しく当たる人もいるんだよね。
 不運にもそんな人に対峙しなくちゃいけなくて、あるいは、環境があまりに厳しくて辛すぎるとき、そんな時は、ずるしてでも休んで、自分を守らなくちゃ。助けを求めなくちゃ。バケツの底に穴をあけたり、袋の底に穴を開けたりして、なんとか気をそらしていこうよ。
 辛いことって絶対にずっとは続かないから。
 そういえば、去年から、花粉症の薬を飲まなくてもそれほど苦痛にならなくり、今年は全く飲まずに済んだよ。多少、鼻水が出たり、眼が痒くなる日はあったけど、薬はいらなかった。飛散する花粉の量は今年はすごく多かったはず。でも、どういうわけか楽になったよ。
 環境は何も変わっていない。辛いことばっかり。花粉の「バケツ」はいちどあふれて発症するともうダメって言われているはずなのに、なんだか治っちゃった。なにがきかっけに治ったのかよくは分からない。
 辛さにもそんなことがあるんじゃないかな。攻撃をかわして、いなして、自分自身のバランスを保つことを優先して五月を乗り越えようよ。

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