「ピアノ売ってちょうだい」というテレビ・コマーシャル。テレビの画面が横長になる前からこの同じ映像を何年見てるだろう。子どもの習い事のためにとピアノを買ってはみたものの、弾かれずに場所を食うだけのになっているピアノがあちこちの家にあるんだろうね。弾かないなら、売りませんかということか。
最近、我が家ではよくピアノの音を聞く。妻が子どもの時に買ってもらったピアノに向かって、四歳から習い始めた二人の娘が連日ピアノを弾いている。レッスンを受けている間は練習が大嫌いだったのに、受験を理由にピアノの稽古に通うのを辞めた途端に急にピアノ好きになった。もちろん好きな曲を弾いているだけなんだろうが、ピアノに向かっている時間は受験勉強中の方が長いというのは皮肉かな。試験前になると部屋を掃除したくなるのと同じ気持ちなのかもしれないね。
ピアノに限らず習い事はなかなか続かない。地道なことって習い事でも仕事でも習っている間はつまらない。単調だし、なにしろ辛い。でも十年以上、好きでもない練習曲を繰り返し、繰り返し弾いてきたことで身につけた技術があるからこそ、今、好きな曲が好きなように弾けて、新しい曲でも耳で聞いただけですぐに弾くことができる。こうなってこそのピアノ。こうなってこそ楽しいんでしょ。今、辛いときには慰めてくれるピアノ。怒られて泣きながら練習して、稽古の前になるとお腹が痛くなるような思いを積み重ねてきた努力があるからこそ、今、楽しいんだよね。
親子二代に渡って連日ハードに弾かれている我が家のアップライトピアノ。いろいろな思いが、汗と涙と一緒に弾きこまれている鍵盤は年季が入ってきたね。最近は笑いも染みこんでるかな。「ピアノ売ってちょうだい」と言われても、これは売れないね。この黄ばんできた鍵盤を肴に飲めるくらい味がにじんでくるようだよ。誰も弾いていないのに、音が聞こえてくるようで目もにじんでくる。飲み過ぎたかな。さぁ、おつもりにしよう。
2019/02/02 ピアノ売ってちょうだい



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