そう、あれは平成の御世のことだった。だいぶ前に買ったスーツのズボンが、どういうわけか小さくなってしまったので、商店街のリフォーム屋に持っていって直してもらうことにしたのだ。なんとウエストを四センチも伸ばしてもらわないといけない状態になっていたのだ。
何本か持って行ったズボンのうちの一本は、買った時にウエストを詰めていたようで、リフォーム屋は、
「これは一度、お直しが入っていますねぇ」
などと言うのだが、
「そうでしたか?」
なんてしらを切っていたら、先に来ていた客が試着室から出てきて、
「いやぁ、おかしいなぁ。買った時はちょうどよかったんだけどなぁ。なんで、ズボンが長くなっちゃったんだろう、六センチも詰めなきゃいけないなんてねぇ」
と、頭を掻きながら不思議がっている。リフォーム屋は、
「そうなんですねぇ」
と冷静な対応。よくあることなのか、特に不思議そうでもなく、何に同意しているのか分からない応答をしている。
腹の周りは四センチ増えても、さすがに足の長さが六センチも短くなることはないよ、と聞き流していたものだった。
この十連休の前半は肌寒かったのだが、今日の新天皇の即位の儀式が始まる時刻にはすっかり晴れて暖かくなった。赤飯と柏餅、粽でも買おうかと出かけてみたら、暑いくらいだ。家に帰り汗を拭きながら、いよいよ衣替えかと思いつき、夏のスーツを出してズボンを履いてみたら、
「!」
案の定、ウエストは小さくなっている。だがそれだけではなく、なんと丈が長くなっているのである。ちょうどいい長さのズボンを買っているはずなのに、どう履いてもしっくりこない。どうしても、ちょっとだけ長いのである。足が短くなったのか?
鏡の前でよくよく見てみると、どうも股下が余っている。
「!」
あぁ、ウエストの位置が変わっったんだ。そう、腹が出たので、ベルトを締める位置が、出っぱった腹の下に変わったので、股の付根から、ズボンの内股の付根が離れて股上がだぶついてしまったのである。行き所がなくなった布は足の甲の上でだぶつく。ズボンの丈が長すぎてしまうのだ。
もちろんローライズを狙ったわけではない。体の形に合わせて自然な高さでベルトをしただけなのである。
衝撃。これが、平成の御世に遭遇した、リフォーム屋で足が六センチ短くなるトリックだった。令和の初日の大発見、ただ腹が出ただけのことだったのである。それが自分にも起きたとは。
言い訳をすれば、今日はズボンの試着には最もふさわしくない日だった。十連休のほぼ真ん中で、まったく出かけずに家でテレビを見て過ごした五日間の後だったので、体重は激増していたのである。
子どもの頃、学生の頃は、
「ガリガリ」
「骨が見える」
などと言われ、いくら食べても太らないのを悩んだほどだ。
布団の中に入っていても、体に厚みがないので、寝ていることに気づかなかったと言われたほどなのに、昭和、平成、令和と三つの時代を経ると体がこうも変わるのである。ちょっとやそっと運動しても全く痩せない体になっている。
それだけではないんだよね。これも平成の御世の話だが、眼の中にまつげが入ってしまった時のことである。痛いので、このまつげは取り除きたいのだが、見えない。老眼鏡をかけるとレンズが邪魔でまつげが取れない。老眼鏡をかけないとまつげが見えない。鏡前の戦い。全身全霊で戦った。でも、こんな身体でも誰にも譲ることができないので、これからも寄り添って生きていくしかない。
鏡に映った身体を見ると、確かに一つの時代が終わってしまっている。新しい時代、令和が今日から始まった。この時代に身体がどんな進化を遂げるのか。金箔の浮いた祝い酒を飲みながらただただ慄くばかりである。
最近のコメント