つい先週、仕事で神戸に行ってきた。帰りの新幹線の出発前に少しだけ時間があったので、新神戸駅のすぐ裏にあるはずの布引の滝に行ってみることにした。
十年近く西宮市に住んでいる間にいろいろな歌枕を巡ったが、布引の滝だけは行きそびれてしまっていた。
出張帰りで、パソコンの入ったビジネスバッグに、お土産の紙袋。スーツにネクタイ、革靴という出で立ち。駅の一階に降りてみると、「布引の滝 雄滝 10分」とあるので、鞄をコインロッカーに預けるまでもないかと歩き始めた。
晴天にそよ風。上着を着ていても心地よい。新幹線の高架をくぐって坂を上ると、左に大きく曲がって、駅も車もあっという間に見えなくなり、すっかり山に来た気分が味わえる。深い谷にかかった橋を渡ってしばらく歩くと雌滝(めんたき)。観瀑橋に立つと、すっかり山の空気。新緑の楓の葉がそよぐ向こうに雌滝が見える。日の光が透ける緑の葉としぶきの白さ、一途に流れる水の音に心が洗われるような清々しさ。
緩やかではあるがずっと登るので少し息が上がった。少し休憩して、さて、雄滝(おんたき)へ行こうと思ったら、雄滝の方から戻ってきた人なのだろうか、みんなしっかりとハイキングの格好。
新神戸駅のすぐ裏だし、出張途中のスーツでも大丈夫かと思ったのが間違いだったか。まぁ、ここからもう少しのはず。
雌滝から雄滝まではなかなかな急坂。道は整備されているが、階段は踏面が斜めになっていて、積もった枯葉に革靴が滑る。急で手すりにつかまりながらでなければ足下が覚束ない。行き帰りで、三十人くらいとすれ違ったかもしれないが、スーツに革靴、お土産の紙袋を持っている人は一人もいない。靴擦れもできた気配。
痛くなってきた足で道なりに右へ曲がると急に前が開けた。雄滝。頑張りはすっかり報われた。
美しい滝だった。全体に白っぽい絶壁だが、布引花崗閃緑岩と呼ばれる花崗岩で、深い緑も湛えている。滝を中心に半円形に広がる空間は、滝壺を抱えるように濡れそぼった岩に囲まれていて、その岩肌は日の光を浴びてつやつやと光っていた。別天地が現出したような錯覚に陥る。勢いよく落ちる水と広がる飛沫。滝壺に落ちるた水は、鏡面のように輝きを放った円形劇場のステージの表面をなでるように流れ、夫婦の滝へと落ちていく。
貝の中にヴィーナスが立つボッティチェッリの絵を思い出すような、何か神々しい物がこのように生まれてくるそんな感じのする場所だった。
さすがの三大神滝。乙姫様・竜宮伝説、龍神伝説があるのも、この景色を見て納得である。確かにこの世のものではない何かを感じる。数々の歌にも詠まれるだけのことはある。
この雄滝にはそれぞれに名前のついた甌穴(おうけつ)と呼ばれる穴が五つあって、竜宮につながっているものもあると言われているのだとか。
神の滝を堪能した帰り道。気を抜くと靴底が滑り、腰を低くして、手すりにしっかりつかまりながら現世へと降りていった。竜宮から帰ってきて足下が覚束なくなった浦島太郎になった気分。いやいや、これで俗世の苦しみを超えて生きていけるかな?きっといいことがあるって思えるパワースポットだった。
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