Petrovと呼ばれる丘に建つ聖ペトロと聖パウロ大聖堂 (Katedrála svatého Petra a Pavla, Cathedral of St Peter and Paul)は、その丘の名前、ペトロフと呼ばれることもあるとのこと。二本の尖塔に上って、夕暮れのブルノの街を見下ろすと、白い壁に茶色がかった橙色の屋根の織りなす景色のあまりの美しさに涙が涙がこぼれそうになった。
奇を衒った派手さはなく、ただ、人々の生活と共に歳月を重ねてきた街の美しさ。夕陽に輝く尖塔が、ところどころに見えるだけで、高い建物はない。人々の見上げる気持ちはこのPetrovの丘に向かったことだろう。
もう一つ、Brnoの街を見下ろせるところとして、旧市庁舎がある。こちらは丘の上というわけではないので、もう少し地面に近く、人の生活に寄り添っている感じがする。同じように見える建物であっても、窓やドアの意匠の個性が目に入ってくる。
この旧市庁舎の入り口は、旅行者のインフォメーションがあり、また、ドラゴンと呼ばれているワニ(crocodile) が天井から吊るされている。なぜ、ブルノにBrno Dragonと呼ばれるcrocodileがあるのかは良くは分からないが、ドラゴンに人々が困らされたという謂れとなる物語があるようだ。
さらに、街の中に入るとNáměstí Svobody (Freedom Square) と呼ばれる広場に出る。ここには、黒い石でできた時計 astronomical clock’がある。これは上からいくつかのパーツに分かれていて、それぞれがゆっくりと回転している。Swedenとの戦いの歴史の中で、特別な意味を持つ午前11時になると時計の中にある通路をガラス玉が一つ落ちてくるので、それを取ろうと、11時近くになると下の方にある穴に手を突っ込んで待っている人たちがいる。うまくゲットできればそれは、お土産としてもらって行っていいことになっているそうだ。この広場を取り囲む建物も一つ一つ謂れのあるもので、ガイドを見ながら、歩くだけでも楽しいが、露店Stallを出してイベントをするのにも使われるようだ。ちょうど、ビールやワイン、食べ物の買えるStallが出ていたので、夜を楽しみ、もう少し街を回ることにした。
ブルノはあのメンデルの法則で有名なメンデルがいた修道院があるということで、メンデル広場、博物館がある。ブルノ中央駅からトラムに乗って、10分ほどのところだ。ちょうど、日本では、日本遺伝学会が、「優性遺伝」「劣性遺伝」という言葉を「顕性」、「潜性」と言い換えると発表したことが報道されたのが今年9月15日。その日にメンデル博物館に行ったというのは感慨深い。
ただこの博物館で入場料を払うところで、じっと私の顔を見ていた担当の人が「Are you retired? (もう定年退職されていますか?)」と聞かれたのはショックだった。豆の色ならぬ、髪の色がだいぶ白くなってきているので、高齢者の割引があることを教えてくれた親切な人だったのだとは思うが、これから先、定年まではまだまだあるのになぁ、と何重にも感慨深い博物館となった。
街の中心部に戻って散策していると、街のあちらこちらに彫刻が置いてある。これが街並みとよく調和していて、嗜みの良い文化が街全体から感じられる。
ブルノという街は複数の大学があり学生の街だと言われる。その中でも、チェコスロバキア共和国の初代大統領、トマーシュ・マサリクの名前を冠したマサリク大学は、総合大学としても有名である。日本の東北大学大学院医学系研究科はマサリク大学医学部間と、
平成20年5月28日に部局間協定を締結している。私の出身大学がこんな風にチェコとつながりがあったというのもまた感慨深いのである。
マサリク大学に行ってみると、トマーシュ・マサリクの像があり、その前にはたくさんの花が手向けられていた。1937年9月14日に亡くなったというので、80年前の昨日だったのだ。没後80年。思わずこの銅像の前で手を合わせてしまいたくなった。「何もかも、よろしくお願いします!」
夜は、自由広場Náměstí Svobody (Freedom Square)に再び戻り、Burčákと呼ばれるぶどう果汁を発酵させた飲み物を飲んだ。モラビアの特産でこの時期だけ飲めるものだそうだ。ワインのように、赤と白(白といっても、ほとんど黄色である)がある。このBurčák、後で気づいたのだが、駅前とか、街角など、あちこちに露店Burčák Stallが出ていて、ペットボトルに入れたものを売っている。さらによく見ると、そのペットボトルを手に持って、ピクニックのように街や公園のベンチに座って飲んでいる人がいるのである。
白の方が生産量が多いのか、あるいは赤の方が人気があるのか。赤は比較的早めに売り切れてしまう。味は、甘みがやや強く、ヤクルトをほんのり思わせるような香りで、発酵飲料とはいっても日本の甘酒とはかなり雰囲気が違う。アルコール度はワイン並みにあるらしく、油断して飲むと酔っぱらう。赤はほんの少し渋みが加わるが、白よりも飲みやすい気もする。また、Stallによって味が微妙に違って、ワインのように生産者による違いがあるようだ。広場のStallは、ワイン生産者が出していて、モラビア産ワインをメインに売っているのだが、Burčákも飲めるよという佇まいだ。Burčákは栄養価も高く、健康にいいそうだ。この点は甘酒に似ているのかもしれない。
たくさんのStallが出ていて、丸テーブルや長いテーブルが並べてある。音楽があり、踊りもあり、楽しそうだ。肉を焼いて売っていたり、チーズを売っていたりとおつまみも十分。Burčákの後は、ワインも飲もうと、さらにStallを回る。ワイングラスは最初の店で、Depositとしていくらだったかワインの料金に上乗せされる。飲み終わて、次のStallに行って、ワイングラスを渡すと、きれいなグラスに代えてそのStallのワインを入れてくれる、これを何回でも繰り返せて、最後に、ワイングラスの回収のためのStallに持って行くとDepositが返してもらえるという仕組みだ。
モラビア産ワインは、当然、Burčákとは全く違ってしっかりとした普通のワイン。赤も白も美味しいが、白の方が有名だとStallの人が言っていた。白は確かにすっきりとして飲みやすい。気取った感じのない、どこか懐かしい感じの香りを楽しめるワインだった。
一人でStallを回っていると、英語が通じなくても、何だか楽しくなってくる。飲むか食べるか、目的は双方分かっているのに、難しいコミュニケーションはいらない。楽しい夜だった。
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